ゆるっと観劇録

ひたすらに観たものの感想メモ

【舞台感想】ミュージカル『スリル・ミー』

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一年ほど前にCDを聞いて拗らせてから次の再演を心待ちにしていたスリルミー。噂に違わずぴんと張り詰めた空気の劇場が本当に好きだったのだけれど、ばたばたしていたせいで感想を残す時間がなかなか取れず、1ヶ月近く経ってしまった。まだ思い出せる感情を残しておく。

今回私が観ることができたのは松岡私×山崎彼と田代私×新納彼の2ペア。
成河私×福士彼も観たくて本当に楽しみにしていたのだけれど、このご時世で諦めざるを得なかった。悔しい……悔しいけれどこの片想いを大事に取っておいて次の再演を信じることにする。

◯4/13 12:00 松岡×山崎(×篠塚)

今回で初登場のキャスト、松山ペアが私の初見ミーになった。
もしかするとコロナ禍での公演ということもあったかもしれないけれど、上演10分前くらいからは微かな衣擦れの音しかしない劇場に興奮した。全員が息を潜めて私の独白が始まるのを待っていて、いつ幕が上がるか分からない暗い舞台の上に意識を集中しているのが分かって「舞台を観にきたんだ……!」という気持ちになる。

ピアニストの篠塚さんが静かに出てきてプレリュードを引き始めた瞬間、「二人芝居なんて嘘じゃん!」って叫びたくなった。三人芝居だった。
当たり前だけれど、同じ曲なのに今まで聴いてきたCDと全然違う。いやほんと、当たり前なんだけれど、あの瞬間に頭を殴られた気になってすっかり酔った。ピアノも役者だ。最初から最後まで私と彼の感情に絡みついて増幅させるピアノに本当にゾクゾクした。

座席が遠くて松岡私も山崎彼も表情はよく見えなかったのだけれど、その分舞台全体をまとまりとして捉えることはできた。
後から観た初見ペアと比べると、このペアは声、動作で立てる音、身長差といった全ての要素が美しく丸くまとまっていて、時折その丸に収まりきらない激情が殻を突き破って出てくるように感じた。
特に、背の高い山崎さんと小柄な松岡さんが並んでいることが舞台装置としてあまりにも完璧だと思った。絵画みたい。

公演を通して何よりゾクゾクしたのが松岡私の演じ分け。若い私と老いた私の変わりようが本当に化け物じみていた。
冒頭、背筋を丸めて手を前にして低い声で話し始めた松岡私が若い俳優には全く見えなかった。すごい、すごいな。
記憶が曖昧だけれど、松岡私は感情が爆発するような曲で一瞬だけ1オクターブ上を歌っていたところが何箇所かあった気がする。好きだ。

それから、CDを聞いていた頃はどちらかといえば彼のせいで私が悪い方向に進んでしまったんだろうなという印象も結構強かったんだけれど、松岡私がいかにも腹に何か抱えていますよというオーラを冒頭から出すものだから、そのイメージが完全にひっくり返ってしまった。
私にも彼にも同情するわけではないのだけれど、特に事後のつやつやした私と「身体を使われてしまった」って感じの彼のシーン見ているとうわああああああとなった。自分が望まない形で身体を求められるのって地獄だもの。種を蒔いたのは彼ですが。

彼といえば、山崎彼はいかにもハンサムで足が長くて(バードウォッチング中の私に忍び寄る時の彼の足捌きはあまりにも気取っていて笑ってしまった)モテそうだった。
自分の魅力や武器は十分に理解していて、その分私や弟や父に対する屈折した感情も巨大で、それから視野が狭いイメージ。
山崎彼だけでなく松岡私も圧倒的に賢いけれど視野の狭い若者というイメージで、多分他に選べる道はいくつもあったのに見える道が一本しかなかったのだろうなという感じがした。


4/13 18:00 田代×新納(×朴)

同じ日に初演ペアを観た。
今度は席が前の方だったのもあって、なんだか完全に呑まれてしまって自分の感じたことを整理することが出来なかった。
観終わった後呆然として電車を間違えかけたのは覚えているのだけれど、今言葉で整理しようとすると驚くほど何も思い出せない。

冒頭から蓄積された興奮が新納彼の「死にたくない」でピークを迎えて頭が真っ白になってしまったような印象だった。
とにかく「死にたくない」が衝撃的で……
私にとっては、田代私も新納彼も朴さんのピアノもとにかく全部、この「死にたくない」を観るために積み上げられていたんだなと思う公演だった。

松山ペアの印象を「全ての要素が美しく丸くまとまっていて、時折その丸に収まりきらない激情が殻を突き破って出てくる」と書いたけれど、初演ペアは圧倒的に大きな質量の塊が真っ黒に鈍く光って存在しているような印象だった。
とにかく大きくて重くて黒い。そして歌のエネルギーが圧倒的だった。

田代私も新納彼も本当に衝撃で何度も鳥肌と涙目がとまらなかったんだけれど、本当にちゃんと思い出せない……
5回くらい繰り返されたカーテンコールで拍手しながら、とにかく観れて良かったと思った。
凄まじいの一言に尽きる。


田代私、こわかったな。

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